言うこと聞いてたらもう死ぬしかないんやで

先日、Facebookで流れてきたリンク先の記事に、とても共感出来る話がありました。

瀕死の危機「伝統工芸品」を救う術はあるのか

特に本文中で何度も頷ける一文があったので、引用します。

僕らの世界でいうと、メーカーより問屋さん、問屋さんより百貨店や小売店のほうが大きい。パワーバランスとして、大が小を買いたたく下請けいじめがあるわけじゃないですか。でも、その結果が今の工芸の衰退なので、言うこと聞いてたらもう死ぬしかないんやで、というところに来てる。自分たちで生きていく道をちゃんと作らなきゃいけない。

ボクはいわゆる伝統産業の一つである呉服業界に属しているんですが、業界の力関係はまさに上記のような世界で、創り手も加工職も全部、下請けにあたる業者や職人さんは、雇用関係で言う所のパワハラを受けて買い叩かれ続けて瀕死の状態です。

廃業や倒産も、身近な所だけでもどんどん出ています。

ニュースを見れば、景気は上向きで就職率もバブルの時期を超えたとか。

でも、伝統産業の業界には、残念ながらまだまだその恩恵を受けている様子は末端の職人であるボクの目には見受けられません。

先日、とある取り引き先との取り引きを停止させていただきました(相手方も当店を切ったという認識でしょうけど)。

その取り引き先さんは、当店がネットで情報発信しているのを見かけて、そこのトップの方がわざわざお店にまでお越しくださって「良い職先を探しているので、取り引きをしてくれないか?」というお話で取り引きが始まりました。

話がまとまって取り引きが始まった当初は、いただける仕事の量もそれなりにあり、競合する他店さんで直せなかった物を直したりなどで、それなりに貢献していた自負がありました。

しかし、何ヶ月か経つと、そこには毎日品物を引き取りに出向いていたのですが、少しずつ預かる品物の量が減っていきました。

しばらくすると、行っても預かる物が何も無い日が頻繁にあるようになり、当然売り上げも大きく落ち込みました。

そんなある日、当店との取り引きを申し出ていただいた方から電話がありました。

色々話をしたのですが、要は「おたくは今までの付き合いの職先よりも高い。その職先は、物によってはおたくの見積もり額の半値で加工してくる。さすがに倍の値を言ってくる職先には仕事は出せないと現場の者が言ってる。同じくらい安値で請け負ってくれるならまた取り引きを考えても良い。」という話でした。

ここでボクが考えたことは二つ。

一つは、相手の言いなりになってまとまった仕事を貰うのも、一つの経営戦略。だがしかし、今までの加工賃も決して高く請求しているわけではなく、採算の取れるギリギリの線で納めている。それを崩してまで仕事を貰うことが果たして正解なんだろうか? それに、一社だけ特別に安値で請け負うことは、正当な手間賃を支払ってくださっている他のお取引先様に対する裏切り行為ではないのか?ということ。

もう一つは、競合する他の職先さんが加工賃を下げてきたのは、取り引き先が当店との取り引きを始めたことを知って、仕事を取られまいと無理をしてでも仕事量の確保を狙っているのだろう。その意図があったかどうかは知る由もないが、結果的に、当店との取り引きが他の職先さんへの圧力になってしまっているということ。

取り引きのきっかけを作っていただいた方には今でも感謝していますが、そこは商いですから、折り合わない条件で仕事を続けるわけにはいきません。

今までのお取り引きに対するお礼を述べると共に、今後の取り引きは継続しない旨を静かに了承しました。

言うこと聞いてたらもう死ぬしかないんやで

経営者たるもの、仕事は欲しいものです。

だって、仕事がなければ路頭に迷うしかないのですから。

でも、だからと言って相手の言うがままに仕事をしていたら、どんどん買い叩かれて事業を畳むしかないようになります。

どんなに苦しくても、採算が取れない仕事を受け続けていたら、結局は行き詰まってしまうのです。

そんなことを言っても、断ってしまえば仕事が無くなるじゃないか!という声も聞こえてきそうです。

ボクも吹けば飛ぶよな零細の事業主です。その気持ちは痛いほど分かります。

でも、経営や生活が成り立たないような金額で請け負う仕事は、果たして仕事と呼べるんでしょうか?

我々は立場が弱いのであって、決して奴隷になったわけではないのです。

自分たちで生きていく道をちゃんと作らなきゃいけない

じゃあどうしたら良いのか?

これも本文中の言葉を借りると「自分たちで生きていく道をちゃんと作らなきゃいけない」ということになります。

簡単じゃないです。ボクもまだまだです。

ですが、先に話したような出来事があっても、毅然とした態度でノーと言えるだけの経営体力は地道に身に付けてきました。

その辺りのお話は、また別のお話(ΦωΦ)

プロフィール

栗田 裕史
栗田 裕史
1969年京都生まれ京都育ち。染色補正という裏方の業種の職人でありながら、BtoBからBtoCへ挑戦。全て自力でサイトを作り「なをし屋」という屋号で、表舞台へと出る。他店で直せない品物の依頼も多く、一年を超える期間のお預かりもある、変色したり黄ばんだりしたシミも直してしまう染み抜き屋です。「物」ではなくご依頼者様の「想い」を救いたいといつも思っています。
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